iPadをじっくり使って、その「未来」がどのぐらい先にモノになる未来なのかを見極める

借り物ではあるが、iPadをひととおり使ってみた。自分の分を買いに池袋のLABIヤマダデンキに行ってみたのだが、さすがになかった。 

iPadは、そのままでは「完全体」ではない。KeynoteとPagesが入って完全体だ(Numbersもあるが、iPad上では「間に合わせ」程度の存在……なはずなのに、一番売れているのはなぜ? ブラウズ用?)。 

さて、ファーストリリースのiPadの完成度やいかに? 


実際に使ってみると……ハードウェアについては、ひじょうに完成度が高いように感じる。驚異的なバッテリーライフ。バランスのとれた重量配分。ちょっと重いが、バッテリーライフを考えるとこんなもんだろう。 

ただ、ソフトウェアの完成度については、「未完成品」の域を出ないように感じる。標準搭載のアプリケーションは、ものによって完成度がまちまちだ。カレンダーの出来は素晴らしいが、「メール」と「iPod」は「間に合わせ」程度の完成度。アクセシビリティ系の機能を試している途中に、画面表示がオフになり、工場出荷時設定に戻さないと画面表示は直らなかった。

Keynoteを使ってみて、これで普通にプレゼンを「作る」ことは無理だと感じた。Keynoteでの作成作業では、コピーペーストが多いのだが、これが行いにくいので、作業自体が成立しないというべきなのか、、、、、 もともと、大きなモニタと速いマシンがあってはじめて快適な使用感が得られるソフトなだけに、「別物」と考えたほうがよさそうだ。

熟成させていけば3年後にはなかなか使えるソフトにはなってくることだろう。でも、現時点ではキーボードの併用なしに使うのは辛い。作成環境というよりも、プレゼンを「実行する」ための環境と割り切るべきか。 

iPadの存在意義として、ちょっとした説明を行うための「マイクロプレゼン」を実行する環境として期待していた。ちょっとしたプレゼンを短い時間で作成して、さっと短いプレゼンを行うというものだ。 

だが、そのためにはプレゼン書類自体をさっと作れる程度の操作性の良さが求められるわけだが……そういうレベルではない。 

iPadが登場すればパソコンというものがなくなるとか、脱パソコンとかいった動きが加速化するといった論調がマスコミ系で繰り広げられていたが、まだまだそれは「言いすぎ」だと感じる。 

新しいものを盛り上げようという動きに水を差すつもりは毛頭ない。だが、iPadをめぐるあまりに話の内容がバカすぎである。浮かれすぎている。もっと、しっかりとした議論があるべきだ。 

iPadには未来を感じるが、その未来は1年後にやってくるとか3年後にやってくるという種類のものではない。たぶん、やってくるのに10年ぐらいはかかる地道な未来だろう。 

そして、その「未来」を作り出すためには、iPhone OS、iPad OSの元になっているMac OS Xのブラッシュアップと熟成がまだまだ必要だ。

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