奥方様の「なめくじは、かたつむりがリハウス中の姿である」との大本営発表に、大爆笑したことは生涯忘れることのできない記憶である。
これまで、生涯を通じてカタツムリとナメクジの関連性について真剣に考えたことはなかった。だが、奥方様の話はジャストイコール真実というわけではなかったが、まったくの見当はずれの話でもなかったのだということを、後日知ることになる。
職場で、頭が回っていないある朝の時間に、同僚と「将来訪れるかもしれない食料危機をどのように乗り切るか」という身のない世間話をしつつ、頭の準備体操を行っていたときのことだった。
やはり「昆虫を食べるほかない」という話になり、自衛隊から流出した昆虫食マニュアルの存在や、インターネット上に存在する「昆虫料理愛好会」について話が及んだ。
そんな最中、「ナメクジを英語で書くとなんというのだろう?」という話に脱線し、同僚がWikipediaで調べたところ、ナメクジの生態に関する詳細な記事を読むことができた。強靭な妄想力とそれを上回る脱線能力の高さはわれわれの誇るべき特色といえた。
カタツムリが陸棲の貝類であることは知っていたが、ナメクジも同様の生き物であり……とんでもないことに、カタツムリの貝殻の部分が退化して体内に取り込まれた生き物だということらしかった。
カタツムリからナメクジへの進化過程にあるとされる、カタツムリとナメクジの中間形態の生物……貝殻が極小サイズになったカタツムリ(ナメツムリ??)の写真などを見て同僚ともどもに見聞を深めた次第だ。
カタツムリとナメクジを比べると、カタツムリのほうが高等な生物のような気がしていたのだが、実のところはナメクジのほうが高度な進化を遂げた生物と言えるのかもしれない。
カタツムリの貝殻は、乾燥への耐性を高めたり、外敵から身を守ることができたりと、装備することによるメリットが大きいものと考えていた。だが、選択的進化論の見地からすると、貝殻を捨てた方がメリットが大きい(場合もある)、ということになるわけで……カタツムリがナメクジに進化することで得られるメリットについて真剣に議論し合った。
その場の結論としては、カタツムリ程度の貝殻では強力な外敵から身を守る足しにはならないのではないか、ということと……年鑑を通じて湿潤な気候の風土においては、乾燥から身を守るための貝殻というものの必然性が下がるということが挙げられた。
また、貝殻を持つことでカタツムリは自らのフォームファクターと装備重量を不必要に拡大している可能性もあり、貝殻さえなければ潜り込めるはずの隙間や葉っぱの裏側に、貝殻が邪魔になって進出できずにいる…………という貝殻装備のデメリットについて議論した。
つまり、カタツムリは湿潤な日本列島においては、フォームファクターを拡大する要素となる邪魔な貝殻を持つがために、逆に自らの生息エリアを限定してしまっている可能性もあり……貝殻を持たない分だけナメクジのほうが生息可能域を広げているということが考えられるのだ。
山の中の一定エリアの土地をほじくり返して、そこに生息するカタツムリとナメクジの総数をカウントしたら、ナメクジのほうが多かった……という可能性すらあるわけだ。
われわれは、この仮説に少なからず衝撃を受けた。
カタツムリがひっこし中の姿がナメクジなのではなく、カタツムリが環境に適応して進化した形態がナメクジなのであり…………
「カタツムリがホームレスになった姿がナメクジだ」
という情報を奥方様に伝えなくてはならなくなったのだ。うむっ!