ブラジャーというのは魅惑のアイテムである。どう魅惑的なのかと聞かれても具体的に説明するのは難しいが、とりあえず後ろのゴムをひっぱってパチーンと音をたてるのが楽しい。相方（注：当時は彼女、現在の奥方様）に嫌な顔をされようが、いっさいおかまいなしである。
さすがに、毎日洗濯させられるようになると、洗濯のときに専用のケースに入れる必要がある風変わりな下着、という程度の注意しか向かなくなるが、それでもなお他を圧倒するだけの存在感はあるのだ。
しかし、ブラジャーはあくまで女性用である。男性用のブラジャーというものは存在しない。
女性が男性物のパンツを頭にかぶって外を歩いていても問題にはならないが、私がブラジャーを頭にかぶって外を歩いていたら警察に通報されることだろう。なんと不公平きわまりない話であろうか。
そこで、ふと考えるのである。もし、「男性用ブラジャー」というものが存在したら、どういうものになるのか？
男性用ブラジャーというものが存在するとすれば、それは、胸板が薄い人の「マッチョっぽいシルエットが欲しい」というニーズを満たすために存在するのだろう。あくまで「上げ底」用に使われるわけである。少年向けマンガ雑誌の裏表紙に……
「スーツ着用時にマッチョなシルエットが楽しめる！」
「これで彼女にモテモテ！ 即席マッチョ！！」
といった広告が掲載される。ジャニーズ系のさわやかな男子が、男ブラをつけてたくましい胸元で微笑む写真が載っているはずだ。
女性用はおわん型だが、男性用ブラジャーは胸パッドといった趣になるだろう。パッドであれば、肩パッドのようにスーツの内側に縫い付けてあってもおかしくないが、胸部はスーツの内側にパッドを付けるのが難しく、また、スーツの上着を脱いだ場合もマッチョ状態を維持する必要があるため、男ブラの存在価値も存在するというものだろう。
色は基本的に肌色だが、白色でもよい。これは、清潔感といった問題でなくYシャツなどの下から透けると恥ずかしいからである。
しかし、いざ「脱がなくてはならない」状況に陥った時にはどうなるのだろうか。
「いやーん、今日はダメなのぉぉー。クマさんブラだから見られたくないのぉぉぉ」
といった野太い叫び声がホテルにこだまする……。ああ、考えたくない。
ここまで書いて、はたと気づいた。男性用ブラジャーの登場により「胸を見られるのが恥ずかしい」という羞恥心が男性にも発現する可能性があることに思い至ったのである。
つまり、性差を超えて、男性にも新たな羞恥心の萌芽が認められるようになるかもしれないということだ。実際、自分は見られたところで恥ずかしくもなんともないが、それはあくまでそのような文化のもとで育てられたからであって、「男性が胸を見られるのが恥ずかしいと感じる」という文化の元で育ったら、恥ずかしく感じるだろう。
やがて、男性用ブラジャーは、新たな機能を兼ね備えるようになるに違いない。手っ取り早いのは、貴重品入れである。胸パッドの部分に財布などが入れられるようになる。この現象は映画の１シーンを根本的に変えてしまうだろう。
強盗が「金を出せ！」と主人公にナイフを向けて迫るシーンでは、「胸のブラジャーに金が入ってることは分ってんだよ」などと言いながら主人公（男性）の着衣を脱がして胸元に手を突っ込み、ブラジャーの中に入っていた財布から金を巻き上げて強盗が逃走。現場には着衣の乱れた主人公（男性）が呆然と座り込んでいる……といった具合である。
男性用ブラジャーを何歳ごろから着用するか、という問題も気になるところだ。やはり思春期ごろだろうか。身体検査で「ブラジャー着用不可」に飛び出す野太いブーイング。胸元をタオルで隠しながら保健室へと向かうニキビづらの男子中学生。学園ドラマでもそうした光景が繰り広げられるに違いない。
男性用下着売り場に並ぶ、男性用ブラジャー。女性用下着売り場は、買い物に付き合わされる時に最も居心地の悪さを覚える場所だが、もし男女のブラジャーが並んで陳列されていれば、困ることもないだろう。
まだあった。
男性用ブラジャーに、防弾機能は追加されるべき機能だ。そして男ブラのおかげで要人が暗殺を免れた、というニュースが大々的に報じられ、男性用ブラジャーが社会的な認知度を得るようになるのだ。
そうして男性用ブラジャーが社会的な認知度を得た世界では、その家に代々伝わる家宝の「勝負ブラ」（男性用）というものも現れるにちがいない。「これは、おじいちゃんがおばあちゃんをナンパしたときに使った、我が家に代々伝わる勝負ブラで」……もう、すっかりわけのわからん世界である。
しかし、それは具体的にどういうものになるのだ、男性用勝負ブラ。女性用であれば高級感ただよう素材で作られたものや、ちょっと過激なカラーリングなど、誘惑のための意匠が施されている。男性用勝負ブラというのは……