Appleの看板商品であり、ある意味ではOSよりもAppleプロダクトの方向性を指し示しているのが、iLifeアプリケーション(iTunes、iPhoto、iMovie、iDVD、iWeb、GarageBand)だ。
簡単にこれまでの経緯を振り返ってみよう。
初期のiLifeアプリケーションは、そもそもiLifeというくくりで紹介されてこなかった。Mac OS 9(Classic Mac OS)の時代によその会社から買収したiTunesと、自社開発した(?)iMovieというソフトを、デジタルハブ構想の中核としてMacに無料添付。このほかに、オフィス系のオールインワン的な「Apple Works」もあったが、どう見てもその場しのぎ的な印象をぬぐえなかった。
そうしたソフトをサードパーティに作ってもらえなかったので自社で用意した、という印象が強いものだった。Classic Mac OSの路線のままではジリ貧だということが強く感じられた。悲壮感漂う時代に生まれたアプリケーション群だった。
やがて、Mac OS Xへの移行がはじまり……CDをリッピングするためのiTunes、デジカメの写真を管理するためのiPhoto、デジタルムービーカメラの映像を編集するためのiMovie、という3本が初期のiLife系アプリケーションとしてそろってきた。ただし、iTunesはMac OS 9/X上で動作する必要があったため、Carbonベースで開発され……この構造が、ユーザーの迅速なMac OS Xへの移行を促したのか、それとも古い構造を持ち越したまま進化したためいびつな構造を抱え続ける元凶となったと見るかで評価は分かれるところだろう。
Macの周辺機器サポートはClassic Mac OSの時代には心細かった。さらに、デジカメやムービーカメラから吸い取ったデータの管理や編集などを行うソフトのMacのサポートはとかく後手に回っていることが多かった。Mac OS Xへの移行、およびAppleによる純正アプリの提供によって、周辺機器メーカーはMac向けの管理ソフトなどを自前で作らなくてもよくなり、Macサポートのための負担が軽減された。これには、デジカメならマスストレージデバイスとしての挙動さえ行ってくれれば相手PCのOSは何だって構わないといった、周辺機器メーカー側の努力、あるいは単に時代の流れでそうなっただけなのかは分からない。
とにかく初期のiLifeアプリケーションは、周辺機器メーカーの負担軽減という意味合いが大きかったように思う。ひとことでいえば「守り」のための一手であったといえる。仲間外れにされないための措置といえなくもなかった。
やがて、2003年の「iLife」パッケージの発売を経て、iLife系アプリケーションは毎年バージョンアップのたびに機能が強化され、DVD作成のためのiDVDや、音楽作成のためのGarageBandが添付されるようになる。この時期、Appleのオンラインサービスである.mac(ドットマック。現mobile.me)との連携を強化したり、iPhotoによるアルバム作成サービスなどが利用できるようになったり(このためにはiTunes StoreのIDが必要)した。独断と偏見で言うなら、サービスの向上と継続的な収益源の確保、といった側面を持ち始めてきたのだろう(ただ、iPhotoのアルバム作成でどれほどの利益が出ているかは不明。きっと、単体では赤字にならない程度のごくわずかな利益だろう)。
この段階になってようやく、iLifeアプリが使えることがMac利用のメリットといえるレベルに達し、「攻め」を意識したラインナップに変化していく。
2006年にはiWebがラインナップに加わり……私見でいえば、その後もずっとブレイクすることなく地味な「オマケソフト」「HDDの肥やし」の座を不動のものにしていく。新規ユーザーから「MacにはWeb作成ソフトはないのか?」という「文句を言われないため」だけに存在しているように見える。他のソフトと比べて大味な印象だ。この当たり、いちいちHTMLコンテンツを作らなくても無料のBlogサービスを利用するユーザーが増えたことなどを考慮すると、iWebの立場は微妙だ。
2007年あたりに大事件が起こる。それまで定評のあったiMovieが別のソフトに作り替えられた。ムービーを実際に作るユーザーが多くないことを意識してか、ムービーの管理に舵を切ったようだ。これによって、簡単ムービー作成アプリとしてのiMovieの評価は失墜。仕方なく旧バージョンをダウンロードできるようにするなど、iMovieの迷走は見ていて痛々しい。iDVDも、いろいろテーマは増えるもののさして代わり映えしない。GarageBandにPodcast番組作成機能が付いたり、iPhoneのリングトーンの作成機能がついたり、何のソフトなんだかよく分からなくなりつつある。
……こうして振り返ってみると、2006年あたりまでが成熟期、2006~2009年の間は惰性でやってきたような印象を受ける。それでも、コンピュータでできることの水準を底上げする存在であり、iLifeの存在はMacそのものだと言っても差し支えないほど。OSの機能であれができるこれができる、などと説明しなくても、iLifeアプリケーションを見せれば「できること」の内容が理解できた。iLife系アプリの役目は「Windowsに負けない」という主張を行うための武器のように見えた。
さて、季節商品のごとく毎年恒例のバージョンアップが行われてきたiLifeにも、停滞の季節がやってきた。2009年1月にアップデートされて以来、1年半以上も新バージョンが出ていない状況が続いている。この停滞が意味するものは何か? 新たな何かを出すための助走期間なのか? それとも「別の製品」のとばっちりを喰らって、「おあずけ」状態なのか? はたまた、ラインナップ上でどうしても戦略的にサポートすべきデバイスの発売が控えており、この発表よりも先にソフトウェアを出すわけには行かなかったからだろうか? 現時点では何も判断材料がない。
2010年7月ぐらいから「そろそろ出る」「まもなく出る」といった噂もぽつぽつ流れてくるようになったが、いまひとつ信憑性が低い。もし仮に2010年後半に向けて出てくるのであれば、どんなコンセプトで、どんな機能を盛り込むべきものだろうか?
まず、Appleは新しいマシンへの買い替えを促すために、新しめのハードウェアであればメリットが大きいことをiLifeの新バージョンを通じて主張したい。また、新しい周辺デバイスをもっていると「楽しいMacライフ」(Appleライフ)を送れることも声高に主張したい。これが大前提だ。
そうなると、間違いなく64ビット対応。64ビット対応のマシン上では高速に処理できる(ように見せる)。iPhotoの動作が64ビット版だと大量のデータを持たせたときに速くなるとか、そういうところだ(でも、メモリーも大量に要求しそう)。現役マシンの中には、Intel Macでも32ビットのCoreDuoを搭載したマシンもあるため、64ビット版「のみ」提供ということはないと思われるが、64ビット化されたメリットを何らかのかたちでアピールするものになるだろう。
ただ、64ビットに対応したからといって65535倍も楽しいムービーや、256倍感動できるフォトブックを作れるわけでもない。このあたり、もう少し判断材料が欲しいところだ。
GPUのパワーを活用して、ビデオウォールみたいなインタフェースを提供するかもしれない(実用性はいまいちそうだが)。見た目をド派手にしたり、何か目新しいものを提供する……という可能性もなくはない。ただ、最近のiLifeアプリやiWorkアプリは「iOSに移植できる」ということを考慮するだろう。MacとiPhone/iPadではパワーが段違いなので、あまり過剰にリッチなインタフェースを実装してiOS系デバイスでの再現性に難が出るのも考えものだ。
次に、「新しい周辺ハードウェアへの対応」という路線が考えられる。iPhoneやiPadなどでブラウズするためのデータを作成する機能を持つことは間違いなく、場合によってはそれらのハードウェアとの連携により、「iPhoneやiPadをMacと一緒に使うといっそう便利」という環境を作るのではないか?(このあたり、期待を含んだ妄想)
たとえば、iPhoneやiPadと無線LAN経由で連携して、それらがMacのサブコントローラーとして動作するようなアプリが追加で入手(購入)できるとか、そういうことはやってもおかしくない(やらない可能性の方が高そうだが)。
あとは、構成ソフトウエアの見直しはあるかもしれない。iWebがリストラ候補筆頭だが、その代わりになる定番の安価なWeb作成ソフトもないので、新規ユーザーから文句を言われないために残すとか別のソフトに統合するという可能性もある。具体的に言ってしまえば、iWorkのPagesにiWebの機能を統合することはできそうだ。iMovieがどうしようもないので、ムービー管理機能をiPhotoに一本化してiMovieにはムービー作成のための簡単ソフトという原点に立ち返っていただきたい。
また、iDVDが登場する機会はiPhotoでブックレットを作る機会よりもはるかに少ないので、たいへん便利なソフトではあるものの「立ち位置」が微妙になりつつある。
全体的に強化されるのは、YoutubeやFacebookとの連携機能だろう。iPhone/iPadでゲーム系アプリがソーシャルネットワーキング機能のために使っているOpenFeintと連携してもよさそうだ。
最後に、新たに追加されるソフトがあるとしたら、何になるだろう? iLifeアプリケーションはMacユーザーの忠誠心を維持し、何かするにもiTunes Storeのアカウント(=クレジットカード課金できる情報)をもっていることが前提だ。つまり、ユーザーがiPhotoでフォトブックを作るという行為を通じて、Appleは従順な消費者から生き血を吸うためのシステムを強固なものにすることになる。
これが、iLife系アプリに入りかけて途中からOSの一部として認識されつつあるiChatであれば、進化の方向性は明らかだ。iPhone 4などとビデオチャットできるようになり、コラボレーション系の機能(ガラスごしに絵を描いたり、GPS情報から地図を共有したりする機能)が付く。個人的には、多言語対応して英語話者のチャット内容が翻訳されて表示されるとか、そういう方向に進化してほしいと願っている。
会計基準の問題で「無償で新しい機能をユーザーに配布してはいけない」というルールがあるため、iChatの新バージョン(iPhone 4などとの通信機能つき)を無料のアップデートで提供することは無理そうだ。そこで、それを回避するための方便として今回だけiChatをiLifeパッケージに入れる可能性はおおいにあると考える。iChatにはAR系の機能が追加されるかもしれないが、もうちょっと先(Macのポータブル系ハードウェアにコンパスやGPSなどの機能が付く頃)のことになるだろう。
以上の話を、各アプリケーションごとにまとめてみることとする。
iPhoto:64ビット化して、大量の写真を保持した場合でもスピードが落ちにくくなる。さまざまなSNSとの連携機能が強化される。GPUの機能を活かして、ビデオウォールのようなインタフェースを備えるかもしれない。また、デジカメで撮影したムービーを管理するための機能が強化される(iMovieからiPhotoにムービー管理機能が移管され、Youtubeなどへのアップロード機能が強化される)。「人々」機能が強化され、フォルダ階層を作れるようになる。また、何らかのオンラインサービスと連携して、写真内容から撮影場所を特定するような機能が付くかもしれない(GPS情報が入っている写真ばかりではない)。iPadなどと連携して、iPadをサブコントローラー/サブディスプレイとして扱い、写真のレタッチなどを手軽に行えるようになる……かもしれない。
iMovie:ムービーを手軽に作るためのソフト、という路線に立ち戻る必要がある。64ビット対応およびマルチコアCPUに最適化され、高速にムービーのレンダリングが行えるようになる。インタフェースがどうなるかは未知数。個人的にはやり直したほうがいいと思う。Final Cut Pro Expressをベースに作り替えたっていいだろう。iPadなどと連携して、さまざまな機能を手軽に呼び出すためのコントローラーとして使えるようになる(この機能のニーズはありそうだが、民生用アプリというよりはプロ向け業務用アプリの香りが……)。
GarageBand:64ビット化+マルチコアCPUへの最適化などで、処理が軽くなることが望ましい。インタフェースを変える必要はない。iPadなどをコントローラーとして使い、鍵盤インタフェースなどをiPadの画面上に出して演奏入力に使えるようになる。
iDVD:64ビット化+マルチコアCPUへの最適化により、レンダリング時間が短縮される。iPhone/iPadにインタラクティブなムービーを出力する機能が付くかもしれない。ただ、光ディスクに出力するよりWebサイトに出力することを重視するとかいったAppleの方針により、このソフト自体が消える可能性については否定しない。個人的には、便利に使っているためなくなってほしくない。一切機能アップせずにiLifeラインナップに残留、という可能性もある。
iWeb:非常に予測が難しい。mobile.meとの連携よりはiPhone/iPad対応のコンテンツ出力に力点が置かれるかも。アプリを作らなくても、ある程度のiPhone/iPad対応Webサイトが構築できる……とかいうのは、あったら喜ばれるだろう。AJAX系の機能までは持たせないことが予想される。
iChat:今回、臨時で便宜的にiLifeパッケージに加えられる? iPhone 4のビデオチャットと通信できるようになるのが目玉機能。多言語翻訳機能が付くとうれしいが、実現度は不明。辞書.appとの連携ぐらいは期待したい。あるいは別のWebサービスを利用しつつチャットできるとか。コラボレーション系の機能が強化されることも期待。
さてどうなることやら。