IT Mediaに行ってきた

古巣の会社の出版事業部が分社したうちの1つに行ってみた。有楽町のアイティ・メディアだ。昔の上司に出くわして「何しに来たんだ?」と驚かれたが、「ああ、それは実にいい質問だ。まったく妥当で非の打ち所がない」としか答えられない始末。事実、それほどふかーーい意味はなかったのだ。

話は1か月ほどさかのぼる。

たまたま出かけた展示会で昔の後輩に会った折、「今度遊びにきてくれ」という月並みな社交辞令を真に受けた。それ以上でも、それ以下でもない。

当たり前のことなのだが、自分でも知らないうちに時間は流れ、自分がどこからどこに向かっているのか、いまひとつよく分からなくなることがある。そんな時には、現在地点を確認するために懐かしい人たちに会ってみたりすることがあるのだ。現在や未来から刺激を受けることがあるのと同様、過去から刺激を受けることだってある(過去の世界の延長線上にある別の現在、という言い方が正しいかもしれない)。

IT Mediaは、主に昔のPC Weekといった媒体のメンバーが中心になって、オンラインのニュースを配信しているサイト、といったところか。説明を大幅に省略すればそんな感じになるだろうし、自分にはそれだけメモしておけば記憶の底から引っ張り出してくるには十分だ(他人にはなんのことだか分からないことだろう)。

自分はバンクに新卒で入社したクチだが、そこから20年近くたっているわけで、同期入社した仲間でも、すでに鬼籍に入った人もいれば……無理がたたって何度も手術を経験した人間もおり、「この時点で顔を見ておかないと一生会えないかも」というケースも珍しくなくなってきた。

旧出版事業部系のもうひとつの会社の方(ソフトバンク・クリエイティブ)にも一度顔を出しておこうかと思っている。会社の顔役といってもよいほどの古株社員の女性が来春には定年で退職されるとかで、それまでには顔を出しておかなくてはなるまい。

昔の知り合いだったり、よく見た風景とかいったものは、いわば人間の外部記憶のようなもので、その人の顔を見ることでさまざまな記憶が呼びさまされる。自分も、昔は死にそうな顔をして働いていたそうだ。今はそうは見えないのだな、という確認ができたのはよいことだ。

また、同期入社組の仲間の顔を久しぶりに拝めたことは非常に大きな収穫だった。足を運んだ甲斐があったというものだ。また、顔なじみの編集者仲間にも会い、彼らがいまでも現役で仕事をしているのを嬉しく感じた。

ただ、編集部とひとことにいっても、自分がいた頃とは随分雰囲気が違う。静かで片付いていて整然とこざっぱりしていて、電話の音がやかましく鳴っていない。

自分がデビューしたころのコンピュータ雑誌の編集部といえば、製品のレビューのための機材の山、ソフトウェアの箱の山、本の山……机の上にうず高く積まれたプレスリリースの山。編集部ごとに高いパーティションで区切られていたりと、ひじょーに浮き世離れした一種独特な雰囲気があった。

しかし、いまの現場を見てみると、低いパーティーションで区切られ整然と並ぶ机が印象的だ。風景をひどくこざっぱりしたものに変えたのは液晶モニタであろうか。ノートパソコンだけで仕事をしている人もいる。机の上に巨大なCRTがないだけでも随分と違うものである。

編集長クラスを別にすれば、ほとんど変わりのない机のたたずまいは、机の上というスペースが単にコンピュータを置く作業スペースにすぎなくなったことを感じさせる。後輩がいうには「Web系で、文字だけを扱っているので片付いている」のだそうだ。昔と違って製品レビューを行う必要もなければ、カメラマンからあがってきたポジをライトテーブルで選別する必要もない。デジカメで済んでしまうからだ。

ただ、あまりに見晴らしがいいので落ち着かないし、立ち話をしているとどこからでも分かる。事実、後輩も同じ部屋の中でありながら知り合いの編集者のところに足を運ぶのは実に久しぶりだということを漏らしていた。ああ、自分の頃はずいぶんと他の編集部に行って無駄話をしていた。さすがにそういう雰囲気はないようだ。

後輩には礼を言って早々にその場を後にした。編集現場に戻る気はほとんどないし、そこは自分の活動の場ではないと感じている。ライティングというのも、Mac系以外ではいまひとつ興味が持てない。プログラムコードを書いたり、プレゼン用の資料を作成したり、会議を行ったり、人前でデモするようなことが向いている。編集者時代には海外のソフトウェアメーカーの重役をインタビューしつつも、いつかは自分がインタビューされる側に回ることをイメージしていた。


何か大きなことを行おうとしたときに、あまりメディア系と距離が離れすぎていると告知も何もできたものではない。プレスリリース窓口にメールを送って「はい、おしまい」では済まないものであり、昔も今もあいかわらず、紙に印刷したリリースを直接編集部に持って行って配ったりファックスで送りつけるのが最良の手段だということを再認識したということだろうか。そのあたりは、何も変わっていないようだ。

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