栄養士の亭主

知り合いで「栄養士」なる職業の人物はほとんどいなかった。そして、まさか自分が栄養士と所帯を持つことになるとも予想したことはなかった。

未知との遭遇、といってもいい。

コンピュータのプログラムを作ったりする職業は、世間一般からすればかなり特殊だと思うが、たとえばプログラマーという職業はこういうものである、といった青写真はないこともない。比較的分かりやすい職種といえる。

これに対して、栄養士がナニをする職業なのか、どうあるべきなのか……といったことはひっじょーーに分かりづらい。

栄養士の専門学校では、主に知識に重きを置いた教育がなされているようだ。栄養学の基礎を叩き込まれるわけである。ただ、学校で教えてもらえるのはあくまで「基礎」であって、実際に職場となる病院やら老人ホームやらでは方向性も異なるし、さらに施設ごとに求められるものも変わってくる。場所によっては無茶な要求をつきつけられたりもする。

栄養評価の規格そのものも、かなり頻繁に改訂がある。分厚い栄養データの本を頻繁に買い替えて、数値を頭に入れておく必要がある。味噌汁1杯分の塩分量とか、パン1枚分の塩分量……おにぎり1個分のカロリーとか、もうなんか理系頭でないとついていけない世界である。自分にはそういうのは向いていないので、絶対になれないと思うものだ(なるつもりもないが)。

栄養士というのは、そうした情報をつねに自分で収集しないといけない。会社や組織が与えてくれるものではないのだ。情報収集を行えない栄養士は、すでに栄養士ではない。本を読まない栄養士も、それはすでに栄養士ではない。そうした努力を行わないかぎり、栄養士とは言えないと言っていい。

その一方で、実際に現場に放り込まれると、社会経験豊富な調理師にコキ使われたりなんだりで、肉体労働の占める割合がひっじょーーに高くなる。この堪え難い矛盾! 調理作業を1日行ってもバテないような体力が要求されるのだ。そうして、調理師とやり合えるだけの経験を積みながら、一方では自分で頭を使ってメニューを立てられるようにならなくはならない。

調理ができて、サイクルメニューが作れて、食材の発注ができて、施設側の要求に対して自分の見解を述べることができて、はじめて1人前の栄養士ということができる。

そのうえ、最近では臨床面での知識まで必要とされ、病院系の施設においては、カンファレンスで医学的な見地から意見を述べるドクターに対して栄養学的見地から意見をぶつける必要があったりと、なにそれ?! というぐらいけっこうハードルが高い職業である。プログラムなら、見よう見まねで人が作ったものを使うだけでも、それなりになんとかなってしまうものだが、栄養士でそれはありえない。

さらに、栄養士が大変なのは……栄養士は組織においては「改革者」でなくてはならないという点だ。つねに現状をよしとせず、組織の流れや意向に逆らってでも「なすべきこと」をしなくてはならない。素直で従順な栄養士というのは、事実上ありえない。精神的にタフなファイターでなくては勤まらない仕事だ。

栄養士は一匹狼で、自分1人で完結するような知識体系を持ち、つねに世の中の動向にアンテナを立て、「なすべきこと」が何であるか、自分の所属する組織とは一切関係なく方向性を確立できていなくてはならない。

それでいて、組織や世間からはなかなかその本質を理解されない。実に因果な職業であることよ。

かなり難易度の高い職業だと思う。少なくとも、編集者よりは頭もカラダも使う職業だと言い切れる。

……日頃から、こんな具合いにいろいろ情報収集したり分析するといった仕事をしているので、コンピュータなんか渡したらわりとあっけなく使いこなせてしまったりする。

ウチの奥方様のおそろしいところは、ソフトの使い方をちょっとだけ説明するとすぐに理解してしまう点である。プレゼンのコツとかデータベースを作る意義、とかいったことは講釈した覚えがあるが、個別のソフトウェアの使い方であるとか、日本語変換のこまかなやり方とかいうのは、実は全然教えていなかったりするのだが、勝手に自分でヘルプを読んだりしてすぐに理解してしまうようだ。

分かりやすいプレゼン資料の作り方とか、プロジェクト管理の資料の作り方とか、マインドマップによる情報分析とかいったことをかーーなりしつこく私に叩き込まれているので、実戦でもすぐにいろいろと応用できてしまう。実におそろしい存在である。そのうち、私のノウハウをすべてコピーした「分身」になってしまうかもしれない(汗)。

まだまだ栄養士の仕事の内容をすべて理解しているとは思わないが、かなり特殊な職業であることだけは理解できる。栄養士になるだけなら割と簡単なのだが、真に一本立ちした栄養士になるためには、さらなる自己研鑽と情報収集、そして社会経験を積むことが必要であり……わりと大人な職業といえる。

少なくとも、自分は栄養士になれそうもない(ーー;;

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