Set Top Boxという概念は、もう耳にタコが出来るほど何回も聞かされてきたし、はるかかなた昔から存在してきた。NTTがIndyをカスタマイズして武蔵野市でビデオ・オン・デマンドの実験を行っていた頃、AppleでもQuadra 660AV系のピザボックス筐体を元にSTB試作機を作っていたりもした。というより、ピザボックス型の筐体はまんまSTBをねらったものだという意見もあった(ビデオデッキと横幅が一緒だったりした)。
純粋にビデオ・オン・デマンドという意味では、結論からいえばSTBよりはるかに単純な仕組みのCATVチューナーやら衛星放送の方が、遥かに低コストでビデオ配信を行えたわけだし、コンピュータネットワークを使うにしても専用STBではなく汎用のコンピュータをそのまま化けさせるGyaoのスタイルのほうがコストがかからなかったりもした。STBという言葉には、結局流行らなかった「時代の遺物」ぐらいの感慨しかない。
だが、もう誰もが頭の隅にも置かなくなったSTBという言葉が、唐突にiTVによって墓場から呼び戻されたのだ。これは「事件」といっていいぐらいの出来事だ。
昔からAppleがリビングルームへの進出を虎視眈々とねらっていたというのは、「トラブル時にAppleの販売現場に対して一切の譲歩をしてはならない」という話と同じぐらいの国際常識である。
そして、そのリビングルーム攻略のための尖兵たるものが、AirMacベースステーションだと思っていた。Appleのリビングルーム攻略に「無線LAN」という存在は欠くべからざる存在だ、と言い続けてきた。
事実、iTVは無線LANの使用を前提としたマシンとしてデザインされ、年明けに出荷されようとしている。
だが、この話にはいくつか不明な点がある。
なぜ、Appleは今すぐにでもiTVを出荷しないのだろうか? なぜ、その時期まで待つ必要があるというのだろうか???
1つは、まず間違いなく無線通信の規格に関する話である。AirMacの現行製品は、54Mbpsのスピードを発揮するIEEE802.11gを採用しているが、この世代ではなく804.11n(54Mbps×2=104Mbps)と呼ばれる次世代規格か、Ultra Wide Bandのどちらかを採用するはずで、その通信用チップの供給を待ってのことなのだろう。
まっとうにいけばIEEE802.11nの採用という話になるが、STBとAirMac BSの間でただ音声や映像だけ流すだけなら、別にコンピュータコンピュータした規格でなくてもよいという話になったりする。
もうひとつは、「対になる製品」の不在である。
部屋の大画面テレビで視聴するのと同様に、持ち歩いて外で視聴するための、いわゆる大画面つきの「第6世代iPod」と言われるものだ。どういう理由かは不明だが、これとiTVは同時に存在しないと威力が薄れる、という見方は可能だ。
3つ目は、OSの問題。ひょっとして、iTVは次期Mac OS X「Leopard」の何らかの機能に依存しており、Leopardの登場を待たなくてはならないのかもしれない。ただし、LeopardよりiTVの登場がわずかに先んじる可能性もあるので、少々後退して「LeopardでiTVを活用するための機能を実装しており、その調整のために待つ必要がある」と見ることも可能だ。
iTV本体がどの程度の処理能力を持つのか、あるいはまったく処理能力を持たないのか……という不確定要素があるが、Leopardを使うとiTVを活用できる機能といえば、
(1)iTVがMacの画面端末になる機能
いにしえのX端末のように、リビングの大画面テレビを使って、書斎にあるMacにログインして各種アプリケーションを使うのだ。背面にあるUSBポートにはキーボードとマウスをつなげる。
(2)iTVがiChat端末になる機能
iTV背面のUSB端子にiSightをつなげて、iTV同士でテレビ電話によるコミュニケーションが可能になる、というシナリオである。Macがビデオチャットの交換機になるという塩梅である。不可能な話ではないと思うが、通話相手をどうやって選ぶのか……FrontRowで通話相手を選んで話すのだろうか? あったら便利そうなのだが……
ぐらいのものだろうか。
話が少々見えにくくなってきたが、「iTVをいますぐ出荷できない」理由について考察を続ける。
政治的な理由、というのもあることにはあるだろう。Appleとしては、iTVを市場に送り出したときに、iTunes Store経由で入手できるビデオコンテンツを、少しでも増やしておきたい。コンテンツホルダーを口説くときの材料として、iTVの存在はうってつけだ。交渉の材料として、発売前のiTVの存在を明かしておき、製品発売時までにビデオの品揃えを増やすという話である。もしも、これが理由だとすれば……iTVの発売開始時期は突如として変更されたりするかもしれない。
そういえば、日本国内で電灯線経由での通信が年内にも開始される、といったニュースを見かけたばかりだ。Appleがリビングルームへの侵入を果たし仰せた後は、電灯線経由で家庭内の家電製品をコントロールするようになることだろう。
そのための何かを待っている……という見方も可能かもしれないが、そこにたどり着くためにはもうしばらくの時間が必要になる、というのが目下の自分のスタンスだ。