プロジェクト管理ソフトとToDo管理ソフトの間にある深〜い溝

MS-Projectをはじめとする、プロジェクト管理ソフトについて、物足りなさをつねに覚えていた。MS-Project互換(データ互換)のFastTrack Scheduleについてもそれはいえる。

プロジェクト管理ソフトでは、おおまかな工程についてブレークダウンを行うが、さらに1工程を日々の「やるべきこと」……つまり、ToDoリストのレベルにまでブレークダウンすることはない。

机上でプロジェクト全体の方向性やスケジュールを組み立てる「プロジェクト管理ソフト」と、日々の業務を片付ける際にチェック用に用いる「ToDoリスト」のソフトの間には深い深い溝がある。

プロジェクト管理ソフトはプロジェクトリーダーや組織の長など、「使う側」のソフトで、ToDoリストは現場の「使われる側」のソフトという雰囲気がある。

プロジェクト管理ソフトにもToDoリストのビューは用意されているが、そんなざっくりしたものをリストにされてもあまり役に立たないのであった。

プロジェクト管理ソフトを見ていつも不思議に思うのは、「達成率」といった重要な数値を求めるのに、客観的な数値の積み重ねではなく、あくまでプロジェクト管理者の「主観」によって求められる(入力される)点にある。

「このぐらいできたかな」という判断にあまり科学的根拠がない。あくまで主観でありきわめて情緒的なものである。プロジェクトが破綻する理由を、プロジェクト管理ソフトは自ら内包しているというわけだ。

その仕事をToDoリストのレベルにブレークダウンした時に大きな問題が発覚するかもしれない。8割こなしたところで困難な障害(しかも、事前に予測できたりする)に出くわすかもしれない。作業時間は8割消化しているけれど、労力ベースで見ればようやく半分過ぎたところに過ぎない……などという話は、誰にでも経験があることだろう。

「プロジェクト管理ソフトを使うプロジェクトは破綻する」、とでも言われかねない構造になっているわけである。予定を組むことはできても、実施段階でその予定にリアリティがあるかどうかは分らないというわけで、きわめて責任の所在があいまいだ。

このレベルでは、単に紙に手で書くのを清書できるという程度でしかない。リソースの最適化や山崩しの機能があったとしても、やはり達成率については主観による。

ある工程がどの程度達成できているかを判断するには、その工程を外側から眺めるのではなく、工程をToDoのレベルに細分化して、それぞれが「できたか」「できていないか」という1か0の状態に落とし込み、それらの数字の積み上げによって達成率を求めるしかないのではないだろうか。

とくに、製造業ではなく、頭脳労働が中心の仕事の場合にはそれが顕著だろう。

ToDoリストの自動作成……そんな大それたことが実現可能かどうか分らないが、何らかのアシストはできるのではないだろうか。過去に似たような仕事を行った際のToDoを示してもよいわけだ。

ダメな奴は何を使ってもダメで、プロジェクトのハンドリングがうまい人はソフトなんか使わなくても大丈夫なわけで……ソフトを使うと失敗しづらくなるようなレベルになるとよいのに、と思うものである。自分としては使いこなしたいジャンルのソフトだ。

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