「夢は大きく世界征服」と口にする者は多い。最初にそのセリフを聞いた時には心底驚いたものだが、ひそかに流行り言葉になってしまったためか、最近ではちょっと小生意気な子供ですらその言葉を口にする。
もはや、世界征服という崇高な言葉は形骸化し、単なるコピーでしかなくなった。世界を左右しかねない言葉であるにもかかわらず、それはすでに……オリジナリティはおろかアイデンティティすら失った。世界征服という畏怖すべきも甘美なる響きは、単なる一発ギャグに成り下がったのである。
ふたたび言おう。「世界征服」を口にする者は多い。しかし、それを具体的に行うための方法を考え、実行に移した者はいない。
自分は、その方法を考え、実際に実行した数少ない人間のうちの1人である。おそらく、唯一と言ってよいだろう。
西暦2000年11月、この世界は私によって征服されていたのだ。
世界征服に要した費用、総額7,200円。しかも、これは2年分に相当する。1年あたり3,600円というきわめて高いコストパフォーマンスによって世界征服を成し遂げた。
「世界征服.com」
2バイトドメイン「世界征服.com」を取得し、これによって私の手による世界征服は成就した。思えば、歴史をひもといてみても、カエサル、始皇帝、ヒットラーなど世界征服を志した人物は枚挙にいとまがない。
しかし、「武力」ではなく「とんちの力」によって世界征服を成し遂げた例は、歴史上他に類を見ない。世界征服.comの取得が確実になった時、相棒と肩を叩き合って健闘を讃え合った。
「やったな、ついに世界を征服したぞ!」
「やればできるもんだ!」
世界征服にかけるわれわれの青春が最高に輝いた一瞬であった。一生の間に世界征服を成し遂げることなど、そうそうあるものではない。勢いづいて、「世界征服完了のお知らせ」のニュースリリースをメディア向けに打とうかという話をしていた最中、衝撃的なニュースが私を襲う。
「え? なに? これってすぐに使えるんじゃないの?!」
ウカツであった。世界征服を成し遂げたにもかかわらず、それを世界に向けて主張できないのである。
ここから、長く苦しい世界征服の戦いが続くことになる。2バイトドメインを管理するレジストラからは、まだドメインが使えないにも関わらず、費用を請求される。何もできないのに年間3,600円むしり取られるのでは、コストパフォーマンスは最悪だ。
さらに、風の便りで模倣者の出現を知る。「世界征服.net」を取った者がいるという。そのうえ、お寺が兼業しているソフトハウスだというから驚きだ。御仏に仕える身でありながら、世界征服を志すとは何事だ?! と、(勝手に)憤慨したものだった。
途中で「世界征服.jp」を取らないか? などと誘惑されたが、「世界」といいながら「jp」では矛盾している。それは、正しくは「日本征服.jp」になるにちがいない。
2001年のMacWorld Expo/Tokyoの会場で、「世界征服グループ」のバルーンを上げ、来場者に「なんじゃそら?」と言われつつも、アップルのUsers Group担当者を恐怖のドン底に叩き落としたという。
http://www.世界征服.com/all6.html
http://www.appleco.jp/news/all6.html
世界征服.comが威力を発揮したのは、この時ぐらいだっただろうか。何にしても、実際に使えなくては意味がない。
他者に取られる前に取らなければ、という強迫観念に迫られ、多くの企業が2バイトドメインを取得した。しかし、世間的にはほとんど盛り上がりを見せず、途中で2バイトドメインを手放した者は多い。待てど暮らせど使えるようにならず、同時多発詐欺事件として後世の歴史家に語られる存在になりかねなかった。
……そして3年の歳月が流れた。
2004年2月、Mac OS X標準搭載のWebブラウザ「Safari」がバージョン1.2でIDN対応を行い、ようやく2バイトドメインにアクセスできるようになった。本当は、一足先にMozillaが対応を行っていたのだが、OS標準搭載のブラウザが対応したことの意義は大きい。
首を長くして待ち望んだ世界征服実現の一瞬。しかし、それは新たな戦いの始まりでもあったのだ。
メーラーとメールサーバの対応を待たなければ、「sousui@世界征服.com」「maro@世界征服.com」といったアドレスを使えない。果たして、あと何年待てばメールの世界征服は実現できるのだろうか。
※ 一部、事実と違う部分があるので補足。もちろん、ドメインを取得する前に、すぐに使えないことは知っていた。知っていなかったら、ただのおバカさんである。
しかし、この1点をのぞけば他はすべて事実である。